飛鳥時代の中央政権と
 伊豆産堅魚煎(カツオ)の関係 
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奈良文化財データーベースより

 令和7年12月NHKの「歴史探偵」で飛鳥時代の堅魚煎(カツオの保存食)が大変貴重で大和政権に貢物として献上されていたことや原産地が駿河湾で伊豆や駿河の豪族が政権の中心者の長屋王に送られていたことなどNHKBSの『英雄たちの選択』にて紹介されおりchatgptを参考にしながら少ししらべてみました。
 飛鳥時代の木簡が1960年代平城京跡の本格的発掘調査にて中央政権の中心者であった長屋王邸宅跡から大量に出土しました。現在奈良文化財データーベースより大量の木簡が見られるようになっておりその中には相当の数の伊豆や駿河からの木簡がありました。文献(日本書紀や続日本書紀)だけでは推測域を出ない場合が多いが産地名、具体的物質名、年月日などが記してあり当時の貢物のやり取りが発見でき、中央政権と地方豪族の結びつきが具体的に判明されます。堅魚煎(かたうおいり)の品質の高さ、国華儀礼、饗宴に使用再配分に可能な格式ある物質等東国物質が中央政権をささえていました。伊豆、駿河とも同時時、同種の加工品で高度な技術を持った先進地域だったこともわかります。
 又重量がありながら保存がきく堅魚煎は伊豆、駿河から飛鳥地方まで最短で、安全な航路として海上輸送に最適な物質で、太平洋航路として利用されていた。

  長屋王について

 飛鳥~奈良時代前期を代表する皇族・政治家でのちの『長屋王の変(729年)』で悲劇的な最期を迎える人物
①出生:不詳(7世紀後半)
②没年:729年
③父:天武天皇(大海人皇子:天智天皇の弟)の皇子
④母:天智天皇(中大兄皇子)の皇女
⑤聖武天皇時代右大臣と政権の中心者
⑥長屋王の変 729年
 藤原四兄弟が反乱を起こし政権を奪取、長屋王一族を自害に追    い込む。現在は政治的陰謀、冤罪の可能性が高い


伊豆国交易堅魚壱拾片

太〃○盛十連四節

○神護景雲三年十月

伊豆より飛鳥までの海上ルート

①出土地 奈良平城京あと
       長屋王邸宅跡 長屋王家木簡
②年代   8世紀前半(720年)
③木簡の記載内容
       国名 伊豆国 品物 堅魚煎
④性質  貢物(朝廷、皇族への納入品)
     

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