令和7年10月に横浜市歴史博物感より『北条幻庵 横浜・小机城と関東の戦国』企画展の案内状を送っていただきました。この企画展の中で祐泉寺建立した北条新三郎(早雲孫)の墓所が照会されていました。
 北条幻庵は早雲の四男として約80年間歴代の当主早雲・氏綱・氏康・氏政・氏直をささえた人物です。小田原北条氏は後継者争いがなかった数少ない大大名で、この引継ぎの中心となったのはNO2の実力をもった北条幻庵といっても良いのでしょうか。蒲原城合戦で亡くなった次男新三郎にかわって幻庵の後継者となった氏康の六男を娘婿とした。しかし信玄の力が強大となり、背後の謙信と相越同盟で娘婿を離縁して人質に出すなど氏康死亡と氏政当主交代時の中で大きな犠牲を払うなど北条氏の安定に大きな影響を与えています。
 この歴代当主に次ぐ実力者幻庵についてはあまり企画展やマスメディアなどあまり取り上げなかったのですがこの企画展では幻庵を中心とした内容なので大変期待しておりました。
 10月中旬に上記の写真のようなA4班の小冊子を博物館から送っていただき今回の主な内容が把握できました。私も以前北条氏の内容をホームページに掲載するにあたって宝泉寺・祐泉寺・龍泉寺の住職や開山となった早雲寺第八世梅隠宗香禅師と幻庵とが密接な関係にあることがわかっていまいたのでこのような企画展を待ち望んでいました。

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北条家五代を支えた幻庵(早雲の三男)と
      早雲寺第八世梅隠の関係 
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  当主    幻 庵   梅隠宗香禅師    その他
 早雲 
 1493~
 早雲三男
滋賀 三井寺修行
箱根神社別当
  今川氏より 興国寺城主:1487年
韮山城主:1493年
小田原城奪取1500年頃
 氏綱
 1519~
長男三郎・次男新三郎・三男長順・娘等生誕
早雲死後歴代NO2として北条家を支える 
早雲寺にて修行  小田原城主:1518年~
早雲寺建立:1521年
相模の国平定:1512年
江戸城攻撃:関東へ
 氏康
 1541~
 長男三郎小田原宝泉寺建立 長男が若くして死亡後幻庵が後見
次男新三郎三島祐泉寺建立
 
 早雲寺第八世住職
後小田原宝泉寺2代住職
 1550~1560年頃
三島祐泉寺開山:1567年
 川越合戦勝利1546年
上杉家崩壊:上野へ進出
川中島合戦1553~64年
謙信小田原城へ1561年
信玄蒲原城落城す。駿河占領:1569年
 新三郎・弟長順戦死
 氏政
 1569~
 新三郎死亡後婿(氏康6男)が上杉家へ人質(景虎::謙信養子)
幻庵死亡(年齢80数年?・97才?1589年11月1日北条記より)
 伊豆龍泉寺開山:1580年頃
梅隠和尚死亡
 1589年11月26日
 信玄小田原城へ1569年
相越同盟1569年:人質
信玄死亡:1573年
謙信死亡1578年
御館の乱1578年人質死
 氏直
 1590
 新三郎の子氏隆、氏直と高野山へ追放:氏隆四国生駒家へ    小田原城落城1590年
  秀吉日本統一